コーヒーの三大原種

Lesson1でコーヒーノキはアカネ科コフィア属の常緑樹だと学習しましたが、
この属に分類される植物は約70種ほど存在します。
この中でもコーヒーの原料として使われるものは
アラビカ種とカネフォラ種(ロブスタ種)、そしてリベリカ種の3種のみです。
この3つを「コーヒーの三大原種」と言います。
このうちアラビカ種が全体の7割、カネフォラ種(ロブスタ種)が全体の3割くらいで、
リベリカ種は現在ほとんど栽培されていません。
アラビカ種には多くの栽培品種や亜種がありますが、
カネフォラ種にはほぼロブスタという品種のみしかないので、
カネフォラ種とロブスタは同意語のように扱われ、
一般にはロブスタ種という呼び方が使われています。
ここでは一般通念に従い「アラビカ種」「ロブスタ種」の呼び方で話を進めたいと思います。
アラビカ種とロブスタ種
コーヒーはもともと紀元6〜9世紀くらいの間に東アフリカのエチオピアで発見されたと言われていますが、この最初に発見された原種がアラビカ種です。対してロブスタ種は時代が下り19世紀に東アフリカのビクトリア湖の西側あたりで採集されました。
全く異なる特徴を持つ2種
われわれが喫茶店や家で淹れて飲むような
適度な酸味があって香りが高く美味しいコーヒーはほぼアラビカ種のコーヒーです。
ロブスタ種は酸味がまったく無く、苦味とコクのみで
独特の「ロブスタ臭」と呼ばれるクセがあるので、
主にインスタントコーヒーや缶コーヒーなどの工業用か、
安価なブレンドコーヒーなどに“量増し”として使われ、
ストレートコーヒーで使われることはほとんどありません。
アラビカ種は病害虫や高温多湿に弱く栽培が難しいこともあり、
南米、アフリカ、エチオピアなどの標高500m〜2300mの高地で栽培されています。
対してロブスタ種は病害虫にも強く、アラビカ種が苦手な激しい環境の変化にもすくすく育つので、
主にアジアなどの標高500m以下の低地で栽培されています。
アラビカ種は品質の高いコーヒー豆がとれますが、
その分ロブスタ種よりも収穫量が少なく栽培も難しいので、
アラビカ種とロブスタ種を交配させ、
それぞれの良いところを兼ね備えたハイブリッド種も近年開発されています。


ロブスタ種はアラビカ種のお父さん!?
コーヒーの原料には使われていませんが、
中央アフリカに自生するコフィア属の植物で、ユーゲニオイデスという種があります。
最近の研究で、アラビカ種はこのユーゲニオイデス種とロブスタ種が
自然交配して生まれた種であることがわかってきました。
遺伝子を解析したところによると、ロブスタがお父さん、
ユーゲニオイデスがお母さんに当たる遺伝子を持ちあわせています。
アラビカ種の栽培品種
「栽培品種」とは、突然変異や環境によってさらに細かく枝分かれした
「種」の下に位置する分類のことを言います。
品種がほとんどロブスタのみのカネフォラ種に対して、アラビカ種は様々な栽培品種が存在します。
代表的な栽培品種は「ティピカ」と「ブルボン」で、
ほとんどの栽培品種はティピカかブルボンを起源としています。
栽培品種が数多く生まれる理由は、これまでにない個性的な味わいを持ったコーヒーを求めて、
ということもありますが、もっぱらの理由は
より栽培が簡単で収穫量を多くしたいという経済的な事情です。
アラビカ種はロブスタ種に比べて栽培が難しく、収穫量も少量です。
そこでたまたま丈夫に育ったり収穫量の多かった変種を育て、
病気や環境に弱く生産効率の悪い個体は抜いたり、
あるいは他から丈夫な苗を持ってきて交配させるなどを繰り返して、
栽培品種が増えていった側面があります。
このため、新しい品種より伝統的なティピカやブルボンの方が質が高いという意見もありますが、
その豆が美味しいコーヒーになるかどうかは、
生産地の土壌や気候などの環境にも左右されますので、
一概に品種だけの問題とも言い切れません。
ここでは主なアラビカ種の品種をマスターしていきましょう。
ティピカ(Tipica)
ティピカはコーヒーが最初に発見されたときの原種に最も近いものと言われています。
起源と歴史
エチオピアに自生していた原種が6〜9世紀の間にイエメンまで広がり、
それを1699年にオランダの東インド会社がジャワ島へ移植して繁殖させました。
そして1714年にオランダ政府からフランスに一本の苗が送られ、それをフランスの将校クリューが苦労して自国領だったマルティニーク島へ持っていったものがティピカの起源です。
特徴
実の先端が尖った細長い形であることが特徴です。
ブルボン(Bourbon)
起源と歴史
ティピカの原種になったものがイエメンから別ルートでフランス人の手によって
当時のフランス領だったブルボン島(現在のレユニオン島)に持ち出され、
突然変異を起こしてティピカとは別の栽培品種として発達したものです。
その後、東アフリカや中南米へと広がり、現在ではティピカと並んで各地で生産されている2大栽培品種のひとつとなっています。
特徴
ティピカより小粒で丸っこい実の形が特徴です。
カトゥーラ(Catura)
起源と歴史
カトゥーラは、ブラジルでブルボンが突然変異したものです。
1935年に発見され、現在ではブラジルをはじめ、ハワイなどで栽培されています。
特徴
カトゥーラが黄色く変種になったものを「イエロー・カトゥーラ」または「カトゥーラ・アマレロ」(「アマレロ」とはポルトガル語で「黄色」の意味)と言います。
その他のアラビカ種の栽培品種
その他、ブルボンがコスタリカ西部で突然変異した「ビジャ・サルチ(Villa Sarchi)」、
ブルボンとスマトラの自然交配種「ムンド・ノーボ(Mundo Novo)」、
ブラジルでティピカが突然変異した「マラゴジッペ(Maragogipe)」、
ブルボンがエルサルバドルで突然変異した「パカス(Pacas)」、
パカスとマラゴジッペを人工的に交配させた「パカマラ(Pacamara)」、
カトゥーラとムンドノーボを交配させた「カトゥアイ(Catuai)」、
ニカラグアのマラゴジッペとカトゥアイを交配させた「マラカトゥ(Maracatu)」など様々な栽培品種があります。
これらすべてがティピカかブルボンのどちらかを原種としていますが、
1931年にエチオピアで発見され、1960年から中米で栽培されている「ゲイシャ(Geisha)」は
どちらの系統にも属さない野生種を起源としています。
また、コーヒーの発祥地であるエチオピアや、コーヒー発達初期の頃に栽培が始まった
イエメンやインドネシアにも、在来品種が数多く存在します。
アラビカ種とロブスタ種のハイブリッド種
交配による新しい品種の誕生
近年ではアラビカ種とロブスタ種を交配させたハイブリッド種がいくつか生まれています。
本来アラビカ種とロブスタ種は染色体数が異なり、普通は交配することができないのですが、
突然変異で染色体数が変わり、自然交配したものや、
化学処理で染色体数を合わせることで人工的に交配させたものなどがあります。
ロブスタ種が突然変異して染色体数がアラビカ種と同じになり、
アラビカ種と自然交配して生まれた「ティモール(Timor)」、
ティモールとカトゥーラを交配させた「カチモール(Catimor)」や「コロンビア(Colombia)」などが代表的なものです。
接ぎ木
交配とは違った形のハイブリッドとして、「接ぎ木」という手法もよく使われます。
土壌中の線虫が根にとりつき、養分を横取りして樹木を枯らしてしまうような被害の対策として、
根の部分だけ線虫に強いロブスタ種(リベリカ種を使う場合もあります)などの苗を使い、
頭の部分だけにアラビカ種のパーチメントをくっつけます。
こうすると根の部分だけロブスタ種、コーヒーの実を結ぶ樹木の部分はアラビカ種という個体が育ちます。
グアテマラやハワイなどでは過去に深刻な線虫の被害に見舞われたことがあり、
この手法がよく使われています。
コーヒーコラム
話題の品種ゲイシャ
少し前にスターバックスの『パナマ アウロマール ゲイシャ』という
超高級コーヒーが話題になりました。
コーヒカップ一杯で2千円弱、コーヒー豆の購入だと250gで2万円近くと、とても高級な価格です。
このコーヒー豆こそ1930年代にエチオピアで発見された希少な品種「ゲイシャ」です。
ゲイシャは発見後、南米に渡りコスタリカのコーヒー研究所のもとで栽培されていましたが、
1963年にパナマのコーヒー生産業者セラシン氏が苗をもらいうけ、
自身の経営するドンパチ農園の他、パナマのいくつかの農園に配られ栽培がはじまりました。
ところがゲイシャは思いのほか栽培が難しく、生産効率もそれほどよくないとわかり、
間もなくしてほとんどの農園が栽培をやめてしまったのです。
その後、数十年に渡りエスメラルダ農園の一角のみでひっそりと栽培されていましたが、
2004年のコーヒー品評会に出品されるやいなや、見事2位と大差をつけて優勝し、
その後2007年まで4年連続優勝という快挙をもたらしました。
ネットオークションでは毎年最高落札額を更新し、瞬く間ににゲイシャは
コーヒー界の話題の中心に、現在ではまさにスペシャルティコーヒーの象徴的品種にまで上り詰めました。
気になるそのお味は、花のような上品な香り、フルーツのような爽やかな酸味と後味と言われています。
一杯2千円の価値があるかどうかは人それぞれの判断ですが、
一度味わってみたい逸品には違いありません。
ただしブームのあおりにより、ゲイシャと名がつけば高値がつけられているのも事実です。
現在は各地でゲイシャは栽培されていますが、
ゲイシャと言っても生産者や栽培環境で品質のばらつきはありますので、
高価な値段と釣り合っていない品質のものが出回っていないとは言い切れません。